計画的のつもりで、 無計画に飛び込んだインド生活の、 テンヤワンヤなコトの顛末を綴ります。
「もったいない。」
という言葉は日本にしかない。
とかってよく見聞きする話だし、
褒められたくて仕方ない自画自賛で、
実際食品廃棄量世界トップクラスな、
日本なんかに言われたくはないけれど、
インドに「もったいない」って気分が無いのは身を以て知っている。
まぁインド発祥の仏教由来な言葉だろうが何だろうが、
仏教を排斥する身の上なんだからソレも仕方がないのかも知れない。
そんな風にヒネくれながらスタッフ達の食生活を観察しているのだ。
彼らはベジでもないんだけど、いつもベジのカレーを賄われている。
訊けば予算が少ないから!とか何とか愚痴をこぼしてくるんだけど、
その前に確認すべきコトがあんだろ!と毎度指差し確認をするんだ。
この大量に余って廃棄してる残飯の量を精々適正な量に制限してさ、
その余剰でいくらかでも肉だろうが買えるんじゃないのかい!!?
そんな風に何故か必死に無駄根絶を訴える僕を、
彼らはポカァんと不思議そうな顔をして眺めてくるのだ。
「食べなよ、全部!ちょっと残ってんじゃん!」
「え、お腹いっぱいですしサー!!捨てますサー!」
こんな調子でいつも無残に捨て置かれるチャパティの活用法に頭を巡らせてさ、
ピザとかカティロールとかを作っては一人だけ肥える日々を過ごして来たんだ。
そういえば、
人が手をつけたものにも決して手を出さない気がする。
それはインド飲みをする理由にも起因するんじゃないかと邪推するんだけど、知らない。
ふと見かける貧しくて飢えたはずの路上でも、
チャパティや残飯は結構豪快に捨ておかれているけれど誰も手を出さず、
そんなスパイシーな味で牛や犬、豚が育って行っているのかも知れない。
嗚呼コレは食物連鎖の一環なのだ!食料の差別ない平等なシェアなのか!
といえば、いえそうな気がしてくるし、確かに路上でも太っちょはいる。
どちらにしても残飯漁りに毒物を散布して駆逐する鬼畜よりましだろう。
そう考えてみると、インド人の大らかさと適当な優しさが解って来る気もする。
日本に帰ったら改めてどう感じるのかな?
インドで覚えた違和感とか親近感は全部しっかり忘れない様にしたいと思うし、
ソレこそが自分自身への土産なのかも知れないよね!?って想うことにしよう。
【第19話・インドの路上観察入門|インドの小噺】
夫婦円満別居になってから、
かれこれ今月で1年が経過した。
そんな孤独な深夜の家路の中、
近頃数匹のワンコたちが出迎えてくれるようになった。
彼らは大体我が家の目の前に陣取っていて、
基本的に周囲の門番にーさんと遊んでいるようだ。
ここいらに限らず、
この国は野良犬天国というか、
そこらじゅう至るところで見かけるし、
”野良”というとかわいそうとか、凶暴で危ないイメージだけど、
個人的には特定の所有者いないみんなの犬な感じに捉えている。
【インドの野良犬事情と、あたし】
彼らも皮膚病チックな奴とか、足をひきづっていたりとか、
それぞれ色々大変そうではあるが、みんないい奴で僕の帰りを祝ってくれる。
そんな彼らにも、もちろんインドだからではないが、
彼らのカーストというかヒエラルギーが明確ではある。
まぁ犬ってそういうもんだわね。
まず、真っ先にハイタッチをしてくる若いワンコ。
この中では一目置かれる存在で、若さゆえにヤンチャでアマガミがちょっと痛い。
それに一歩下がりながら控えめに近寄ってくるのが、
最近足を引きづりだしたナンバーツー。
さらに遠目から羨ましげにこちらを見ているのが、
皮膚病なのか?背中が炎症気味のナンバースリー。
せっかくみんな来てくれるので、
みんなに挨拶をすると嫉妬深いナンバーワンが他を蹴散らして、
門番お兄さんに怒鳴られるのである。
そんな毎度のセレブレーションをしていたさなか、
隣のお家の飼い犬様が横切ったわけなんだけど、
毎度思うにインドの飼い犬様は動きが鈍い。
そんなに頻繁に散歩をさせてもらってないんだろうか?
そして他者との接点がほとんどないからだろう、
コミニュケーションの取り方が下手な気がする。
そんな風に思いながら、
日本の実家に預けた我が柴犬くんを想い出すのである。
彼も我が不徳の致すところ、コミュ障気味なワンコであった。
いずれにしても、
野良犬くんたちのそこらじゅうを駆けずり回り、
人間のそばで彼らなりの社会を形成している様子を眺めていると、
なんだか逆に過保護な飼い犬様たちが
不憫な気がしてくる位ではある気もするんだよね。
そんなワケで、
そろそろ実家で至れり尽くせりな王様気分の我らが柴犬くんにも、
謁見しに行かなきゃなぁ!と思い始めているのである。
ふといつもの道を進んでいると、
なんだか騒がしい一帯があるコトに気がついた。
警察が大挙して来ているようで、
随分と見物人が集まって来ているようだった。
しばらく様子を見ながら、
当初何が何だか判らなかったが、
どうやら様子が解ってきたんだ。
それは、
州政府による強制退去の一部始終だった。
それは、
清々しいくらいに圧倒的な力での公開処刑なんでびっくりしてしまう。
道端で陶器や雑貨を売っていた貧民の寝床が一軒一軒ことごとく潰されているんだ。
一瞬、
突風でも吹いて災害救助に来てるのかと思った位だ。
当の貧民たちも清々しいくらいに対して気にしていない!?
ように見えるのは何故なんだろう?実に不思議な毎度の光景だ。
インドで見るどんな人たちにも悲壮感を感じたコトがない気すらするのは、
僕が鈍感なだけなのかもしれないが、あながち間違っていないと思うんだ。
道理で恵まれてるのに悲壮感漂わす日本人とか少子化に成るよねって思うよね。
まぁともあれこれから先、
このグルガオンがどうなっていくのか?
どんどん拡張しまくっているこのメトロラインとともに、
インドらしくスカスカで無計画に進んでいくと思っているんだけど、
写真の六本木もそんな風に森ビルとかDLFとかの地上げとかから
今のように様変わってきたんだね 。
はてさて、
今後のグルガオンはいかに?
ラピッドメトロは随分繋がってきたようですよ。
近頃犬を観察している。
何て暇なんだろう?って程ではないんだが、
道を歩けば必ず見かけるんだから仕方が無い。
彼らは本当にどこにでもいて、
とはいえ行動範囲はそれほど広くなさそうだ。
子供の頃から顔なじみの犬などは、
その成長を垣間みながら、
実家に預けた柴犬を思い出している。
思い出しながら思い描くのは、
多分うちの柴君ではこんな世界で生きて行けないだろう。
ということだ。
それはきっと彼に限らず飼い犬のもつ宿命だなんていったら言い過ぎだろうか。
こちらの飼い犬は、
なぜか年寄りなのか?よちよちよぼよぼのんびり散歩していることが多いんだが、
とはいえ喧嘩は売らないし、
売られる事も少ないように見受けられる。
むしろ後ろから野良犬たちが楽しそうに?追走していたりする。
うちの柴君は喧嘩は売らないが、
売られた喧嘩は買うタチなので、
きっと怪我だらけになるんじゃないか?
更には道路の真ん中で寝転がって保護された経緯の持ち主なんだ。
でももしかしたら、
生きて行けないだなんてコトは無いのかもしれない。
うちの柴君も含め、
リードに繋がれて大事に管理されている日本の犬たちは、
世間を知らないだけなんだろうと想う。
走り回って喧嘩したり、
道路を横切って轢かれたり、
人間に蹴られたりしながら弱々しくも逞しく生きている野良犬たちをみるにつけ、
そんな風に想うんだ。
道を歩けば犬たちは、
右みて左で様子を見、
人間や車との間合いを観察し、
付かず離れず生活している様なんだ。
そういえば、
この前立ち寄った屋台で、
何だか優しい光景を目にしたんだょ。
閉店間際、
スープで煮崩した鶏ガラを犬たちに与えていたその店主たちは、
恐らく轢かれて後ろ足を骨折している負け犬君の為に、
他の犬たちを諭しながら鶏ガラを負け犬君から与えていたんだ。
そんなんだったら病院連れてってやれよ!
と思うかもしれない。
でも僕らに出来る事はなかなか限られているし、
多分やる人も少ないだろう。
意外と貧しい人間ほど、
他の人やモノコトに施す気持ちがあるようにも想う。
そんな訳で野良犬たちは、
そんな風に日々を過ごし、
遠吠えや喧嘩、事故や飢餓を乗り越えて、
子孫を残して命を繋いでいるようなんだ。
そんなやり取りを眺めながら、
物見遊山で傲慢な当方は、
その印象をインド人の生き方に重ねて連想し、
そのクセ自分の子孫を残すコトをしてないだなんて、
何て破滅的な生き方なんだろうか!!
弱肉強食って何?
適者生存って何?
だなんて考えながら、
頭でっかちなコウベをぶら下げて、
平気な顔でホッツキ歩いている訳なんだ。
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