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印度の小噺。

計画的のつもりで、 無計画に飛び込んだインド生活の、 テンヤワンヤなコトの顛末を綴ります。

Home > 聖地巡礼

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インドの超絶時間感覚に翻弄される電車ツアーの巻。




じわじわと遅れに遅れた電車の遅延のおかげで、
先述の通りサールナートに行くには行ったんだけど、

帰ってきてさてどうしよう!?

ってな具合で再びみたび当ての無いいつ出発なのか?
分からない電車を待つはめになった。


昼の11時過ぎの出発なはずの電車はとうに夕方を過ぎ、
刻一刻と遅延しているはずの出発は知らぬ間に遅れをとっている。

当初一般庶民向け?なカオスな待合所で待っていた僕らも、
業を煮やして特等席取得者用の待合所に場所を移した。

カオス過ぎた庶民の空間とは違う、
ちょっとスノッブなテレビがある空間だった。

先述の窓口で夜10時に出発だよと告げられてから、
当該の10時を過ぎてからも随分経ったのは勘違いじゃないよね、コレ?


その次に告げられた11時出発って噂?を聞いて直前に確認しに行って、
どうやら朝の6時になったよー!って聞きに行かなけりゃ知りえない情報だった。


更に気になり過ぎて夜中に眠れぬ目をこすって改めて確認しに行くと、
朝の6時予定がいつの間にか、改めて10時とかになっていたりする。

インドではお馴染みの光景だけど、
深夜の駅の構内は床で寝て待つ連中の巣窟になるんだよ。

正直何を待ってるのかも謎すぎるインドのあるある光景なんだけど、
彼らをまたぎながら、何度も起きては、時間を確認しに行った僕は、
日本では(我が家庭内では)ゆるゆる過ぎて信用おけない男代表だったんだけどね。

あまりに待合所で居座りすぎる僕らを、
管理人のおばちゃんが怪しむくらい滞在した長すぎるお預けを経て、
僕らの出発は昼の12時を過ぎてからであった。



要するに待つコト25時間。

ようやくバラナシ駅を出発した電車は、
予定の16時間を余裕で超えた24時間後にデリーの駅に到着したんだよ。

それは要するに、
僕が帰ってきたのは、
予定していた休暇を更に二日過ぎていたっていう、
プチ浦島太郎状態だったよね。

コレをインドの馬鹿野郎!と捉えるか、
コレを愛おしいインドのおおらかさ!と捉えるかはあなた次第!

いずれにしても、
仕事をしてる人にはマジおすすめ出来ない鉄道旅行ってコトでしたね、僕にはさ。

南無。

 


 





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インドの流れに翻弄される24時間ディレイの巻。



そんなわけで、
僕らは出発予定時刻通りに駅にやって来た。


そんな予定通りの道中は、予想通りに、
時間に翻弄される時間を過ごしていた。


確か11時位に出発する予定の電車は、
平然といつの間にかその時間を過ぎて、

気がつけば電光掲示板も勝手に予定時刻を過ぎている。
というか、いつの間にか時間が変わっている。

いきり立って窓口に問い合わせてみると、
それも平然と、遅れてるからさー。みたいなノリで、
軽くあしらわれて捉えどころがないわけなんだ。

いつ変わるか分からない都合上、
どう動いていいか?わからないよね。

そもそも駅に行く前にも、宿で確認してもらっていたんだよ。

時間通りなのか?否か?

確認するサイトはあるにはあるんだけど、
結局稼働していないのでまるで意味がわからない。

電光掲示板に掲げられている時間も、
実際窓口に強引に問い合わせてみると、
全然違うし、困ったら窓口に問い合わせた方がいいよ。


どんなに長蛇の列が並んでいようが、
そんなのは知らんぷりで、窓口横から突入したらいい。

外国人ならではなのかも知れないけれど、
仕方なさそうにおっさんが対応してくれるから。


僕の場合は、
長蛇の列を横目に適当に裁くおっさんを嫌味っぽく撮影していたら、
警備員に囲まれた挙句直接おっさんの横に通されて、
電光掲示版では12時間ディレイだけど、
実は20時間くらい遅れているからね。

と教えてもらったわけなんだ。

ちまちま遅れるよりも、
ちゃんと遅れる時間を教えてもらえれば有効活用も出来るってもんだ。

そんなわけで、
空いた時間を仏教の聖地サールナートに行くことにして、
時間を過ごしたんだけど、
戻ってきてもなお、結局24時間ディレイの憂き目にあって、
待合所で朝まで過ごすことになったんだよね。





 

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インドは誰を試しちゃいないし、僕らが勝手に悟ってるだけだよね。

 


今回の滞在は雨季ということもあるけれど、
どうやらひたすら雨に明け暮れ過ぎて(一応)ニュースになる位であったようだ。

どおりで行く先々のガンガー沿いで車が浸水しているし、
どちらにしても慣れてるし、みんなも慣れてるんだと思ってたんだけど、
どうやらそこらじゅうが水たまりどころじゃない騒ぎな訳だ。


 
前回の滞在で毎日のように夕方佇んでいたメインガートでのプージャは、
そもそもあの階段すら水没して商店街の入り口まで浸水している。


増水した分、階段やガート沿いで座っていたであろう人々は、
特設ボートや周囲の建物のベランダからそのプージャを眺めるのである。

僕らは結局意味不明の500ルピーの所場代を払い(払わなくていいと思うが)
ガート横の私有地だという建物の屋上に上がって眺めていた。


今更インドと日本を比べるのも阿呆らしいけれど、

いくらたまに有りうる状況だとしてもこれだけ浸水して被害もあるのに、
とりあえずみんなプージャー見て、びしょ濡れになりながらその横でチャイ飲んで、
よーし!終わったしどっかビール飲み行こーかー!とか。

でもまー、他で飲むより宅飲みだよねーとか言って、
一応我らが拠点になったベンガリートラのスパイシーバイツに戻って飲み直すようなノリとかさ。
次第に違和感を溜め込むに至り、
 
「あそこ(インド)行くと、人生観、変わるらしいよ。」

って言われてる意味がわかるような気もしてくる。 
 
要するに上記のように物事(事態)の捉え方が僕らにとっては異次元すぎるのである。

どんなに電車が遅れようと、
大雨すぎて日本ならニュース案件だろうと、
ゴミ捨て場や渋滞甚だしい道路の中央分離帯だろうと、

彼らは構わず地面に座り、チャパティやチャワルをむさぼったり、
その場で横になって時間を過ごすのである。

それは、
彼らにとってはいたって普通のことであり、
僕らにとって噴飯ものやありえない状況だったりするってことだ。

その結果僕らは、

「インドに行くと試されるよねーw」とか、

「インドに行くと価値観が変わる!」とか、

「インド、半端ねー!」とか言って、

どうやら勝手に悟って帰って行くんだと思う。

実のところ、
彼らは一切僕らを試してはいないし、
インドは一切僕らに見向きすらしていない。

ただ普通に毎日を繰り返し繰り広げているだけなんだよね。

そんな訳で、
まるで徒手空拳の知ったかぶりな孫悟空状態を経て、
何を持ち帰るのかは、神のみぞ?
いやいや本人にしか分からない謎のエキスを持ち帰るんだろうなぁと思うんだ。


その結果、
相変わらず律儀に時間を守って来たはずのバラナシ駅で、
ジリジリと出発時間がずれていく様を呆然と垣間見ては、
先述な風に超絶好意的な解釈ってこういうんだろうなぁ、
って自分を無理やり納得させながらでもやっぱり無理だよねー!と思うのか?

それでもなお、
試されている筈の自分の状況に意味を見出すのか?どっちだろうね。
 
だんだん勝手に堂々巡りしてる感じが伝わってきたかな?


ブッダはガヤー近所の前正覚山で6年間苦行して、
無駄だと悟りスジャータさんに粥をもらう流れになったよね。(ry 
まぁそんな訳で、
インドの時間の流れはよーくわかったけどさ、
それで僕らが勝手に納得するのも合点したけどさ。

まぁそれにしても、
お前らホントにそれでいいの!?っとは聞きたくなっちゃうけどさ。
 

そんな勝手な問答をしていたら、
そんな風に案じるこちらがおかしいのかもしれないよねー!?

もはや堂々巡りで、お酒も回ったところで、
何を言いたいかわからないのでもう寝る事にしよう。


いやー、どのみちインドはパネーっす!と思っています。


 

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人を訪ねる旅と、勝手気ままな旅の違いについて。



友人に右往左往で連れて行かれた場所は、
そういえばきたこともある気がする場所だった。

どうやらそこは、
ベンガリートラ沿いにある「スパイシーバイツ」ってお店のようだ。

到着するなりこちらは恐縮しながらも,

「ビールはあるの?」

とかけしかけてみたりする。

「ああ、もちろんあるよ!」

ってな具合に思わず持ってきてくれそうになったんだけど、
多分メニューに無い筈なので一応(聖地なので)遠慮して奥にあるテラス席を陣取った。

僕らが到着すると時を同じくして、
小雨が大雨に変わり始めていた。

そんなことも言い訳にしながら、
しばらくお互いの近況と界隈の状況とかを、
昼間っからビールをかっ喰らいながらに談笑が始まったんだ。

先述の通り、
旅というものは目的があるのと、無いのでは、随分楽しみ方が変わるものである。

そんな風に改めて今回の目的を思い返してみると、
先述の友人に会う事や妻と義理の妹と再巡礼することはもちろんだったんだけど、

ついでに個人的感傷として、
友人の彼に出し巻き卵用のフライパンをプレゼントする勝手な儀式が感慨深かったカモね。

「地元バラナシで日本料理屋をやりたい!」という彼への餞別としての意味合いと、



かつてここバラナシで知り合った、
実は僕の地元在住インド人とのキッカケが、
チャパティ用のフライパンだったコトも思い出しながら、
勝手にフライパンのご縁を感じ取っていたんだよね。

第98話/シバラートリーにまつわる、個人的エクセトラ


とはいえ、
今回の僕らのバラナシ滞在は大急ぎの旅路である。

そこで知り合った訳知り顔の友人に案内されて、
大急ぎでガンガービューのホテルを確保してから、
(ちなみに前回は400ルピー位の安宿ばかりだったのが、
今回は2000ルピーのガンガービューになったのである。)
折角のバラナシ観光を始めることにしたんだよ。

そういえば、
初めて来た時とかじゃ、
誰も信じない!ってな具合で孤高の旅路だったし、
それに比べると、
慣れたというのか?インドの友人がいるのもあるけど、
行き先やモノゴトを人に委ねるような余裕があった気もするよね。
 
 
それにしてもまぁ、
みんなが異口同音に言うように、
近年稀に見る大雨だった中でのローカルな火葬場体験や、
電信柱がギリギリ流れちゃいそうな中でのガンガー沐浴体験とかを経て、
僕は個人的に飲みすぎなのか?気候変動なのか?ガンガーにやられたのか?
夜中から吐き気を催す超絶体調不良を経て、
おかげさまで翌日には生まれ変わったようにアセンションな快調な朝を迎えたんだよ。





 

 







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一度めと二度めの滞在の違いについて。



今回人生二回目のバラナシ滞在に向けて、
心ばかりながら小さい仕込みをしていたのである。

カレコレ5年前くらいの前回のバラナシ滞在では、
確か10日間くらいののんびりステイで過ごした、
今となれば結構気長でのんびり陽気なステディだったんだ。


毎日同じようにガートを散歩して、
おんなじ物売りや物乞いに会って、
通りのおんなじようなカフェーで食事するような毎日だった。

実は今回のバラナシ滞在にはちょっとした目的があり、
ソレは知り合いのシェフに会いに行く旅路でもあったのである。

旅というものは、
目的があるのとないのでは随分趣が違うのも醍醐味だと思う。

てな訳で、
駅に着くや否や彼に電話をして僕らの到着を告げる。

妻が駅で困っていそうな日本人の若者を助けてあげなよ!
とかけしかけてくるけれど、
それはきっと彼らの将来的に絶対助けない方がネタになるだろうと切り捨てる。

それにしても、
駅から街の中心なゴートリヤーまで行くのは結構面倒くさいようだ。

若者たちにちょっとだけ同情もしながらも、
電話越しにマイフレンドに道案内をさせて目的地に向かうことにした。

どうやら友人のレストランは地元でも有名なところらしい。
とはいえ我らがリキシャワーラーは一切そんな会話を理解せず、
とりあえずゴートリヤーに向かっているようだ。

目的地近くになってから喧々諤々電話越しと、
近くにいる見ず知らずのインド人同士の会話でなんとかケリをつけ、
友人がようやく迎えに来る結末になった。

それにしても本当にバラナシの川沿いの街並みは、
磁場が違うとでもいうのか?右も左も右往左往する不思議な街並みである。

道が混んでいるからと、
マイフレンドが選ぶ小道を進むにつれて、
既に僕らはどこにいるのか?どこに進んでいるのか?わかりゃしない。


気がつけばベンガリートラに裏道を抜けてやってきたんだけど、
未だに地図を見返してみてもなんでそのルートで来れたのか?
インドの謎がまた一つ増えた心地なのである。




 




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仏教の多文化っぷりと所感。

思うに聖地と云われる場所は、
面白いなぁと常々思う気がするのは、
一体なぜなんだろう?と思ってみた。

実に個人的な意見なんだけど、
それはキット
色んな人が集まってきているからなんだろうと思うに至った。

要するに、
僕は厳密な意味で聖地が好きなワケでは一切なく、
多種多様な人が集まりくる場所が好きなんだと思ったのである。

ソレはもっと言うと、
秋葉原も聖地だし、上野も聖地、パハールガンジも聖地なんだ。
もちろんリシケシ、ハリドワル、ヴァラナシ、プシュカルは完全に聖地。

とはいえ国際色溢れる方が面白く楽しませていただいている気がする。

というワケで前振りが長くなったが、
ボードガヤーは面白い聖地であった。

仏教の聖地なだけあり、
各地の仏教テンプルがそれぞれの趣向でもって寺院を設立している。
(写真は日本寺内の図書館)




同じはずの教えを讃えた仏教の寺院が、
これほど違う志向と見せ方でプレゼンしてくるのは実に興味深いよね。

今回の宿泊先の眼と鼻の先にある日本寺は一番渋い造りなワケだ。
ソレは日本から宮大工を招聘しているところから本気度は伺える。

その隣のブータン寺院といえば、
素人目にはタイの様式に近いようなド派手な本堂の演出が際立つ。





中国のソレはソレで、
壁画などからは中国らしい絵柄や文様が伺えるし、 
タイ寺院はタイに来たような気がする独特な雰囲気がある。


そんな多種多様なボードガヤーの総本山?マハーボディ寺院は、
そんな多種多様な各地の坊さん方がこぞって参拝するまさに総本山な雰囲気だった。



観察していると、
だんだんに袈裟で何処の坊さんだかわかるような気がしてくる。 
インドのあの色、タイのあの色、スリランカはあの色、日本とかは全く違う也。

マハーボディの裏庭には菩提樹があり、ソコでブッダは悟ったそうな。
手塚治虫のブッダ好きな個人的にはそれでもってちょっとは感慨深いけど、 
まぁどうあれどの宗教にも言えるけど開祖はどう思ってるんだろうね、この違いやら全部。

ともあれガヤーの滞在はこんな風にお寺散策と、
ナマズ蒲焼を頂くつもりで行ったホテル(未遂)、
で早朝5時には駅に向かい、結局予想通り遅れて出発した足早な滞在になったんだよね。



 









 
 

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ブッダガヤーとボードガヤーの違いについて。

インドという場所は言わずもがなデカイ国なんだと、
改めて噛み締めるぐらいしかやるコトがない長距離移動が始まった。

なにせ1000キロオーバーの旅路である。

コレは我らが群馬から父の故郷な北九州くらいの距離感らしい。
加えてこちらではエクスプレスの筈な鈍行具合であって、
出発時間もずれ込んでいる手前、何時に着くのか神のみぞ知るところだろう。

今回の目的地はガヤーというわけで、
神ではなくてブッダの聖地巡りから始まる旅路である。




ガヤーの駅からオートでブッダガヤーへ向かうには、
どうやらオートで3−40分といったところだろうか。

いくら掛かったかは忘れたけれど、
普段の一人旅とかとは違う三人旅では先方のフッカケレートが変わってくるんだが、
まぁ大した問題ではないだろう。


車窓からも覗いていたように、
ど田舎ビハールの風景は実に牧歌的で、
デリー界隈の牛だったら残飯漁りが主食だろうに、
天然グラスフェッドな牛さんたちは幸せなのかも知れないね。

とはいえ大気汚染区域から来た僕たちが期待していたほど、
空気が綺麗な印象でもなく、インドのどこにでもあるような、
クラクションと排気ガスまみれになる街並みを経てブッタガヤーに辿り着いた。

ちなみに経験上、
「ブッダガヤー」と言ってもほとんど通じないのは注意が必要かもね。
「ボードガヤー」と言って初めてガッテンいただける

なんだかインドの人たちは、
僕らにとっては大して違わないと思ったり、
違っても雰囲気で察しれる位の発音の違いを全く理解しないんだよ。

この察し方の問題は、
その後も続く今回の旅のテーマになりそうだなぁと、
そういえばそうかも知れないと後になって思っているのであるよ。


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予定の立たないインドの電車ツアーの巻。 



妻が来て一週間程東の方へ旅に出た。
目的地はガヤとバラナシ。
結論から言うと、
電車の旅はよっぽどじゃなきゃお勧めできやしない。

インドの度を超えた超越時間に翻弄される旅路であった。


それにしてもあっという間だったけど、
折角なので順を追って書き連ねてみようと思う。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 

あらかじめ予約していた電車の始発駅は随分遠い駅だった。
そんな始発駅アナンドビハール駅は、
デリーからブルーラインメトロでヤムナー川を挟んでしばらく行った場所にある。



事前に予約も済ませ、
準備万端で臨むかつて無いほど非の打ち所のない旅路の筈であった。



当日も時間にかなりの余裕を持たせ、
現地で時間調整するくらいの余裕で臨む完璧な姿勢である。



そういえば四、五年前の新婚旅行時は、
ニューデリー駅の外国人窓口から始まり、
セカンドスリーパーで肩身が狭い旅路だったような、
行き当たりばったりな展開だったことを振り返ってみると、


雲泥の差とも言えるほど準備万端な上に、
取れる限りの最上級クラスの席を予約するラグジュアリー感すら漂うはずだった。
 
 
そんな出発地点のアナンドビハール駅は、
バスでは使ったことのあるターミナル駅なんだけど、
メトロや電車での利用は初めてだし、
周囲でご飯でも食べてから。と思っていたのが、
早速出鼻をくじかれるほど駅にも周辺にも何もありはしなかった。


かろうじて駅にある食堂で、
なかなかソコらでもお目にかからないほど
美味しく無いターリを頂きながら出発に備えていたんだけど、
ふと気になって窓口に出発時間を尋ねると、
4時間後の出発なんだってことを知らされる結果になった。


みんなで呆然とスケジュールを練り直し、
そういえば誰もが行ったことのないガンディーガートに行ってみることにした。


ガンディーガートってのは、
ガンディーさんの慰霊碑がある公園みたいなところで、
向かいにはガンディーの半生を綴った博物館がある。






なんだか予定外のデリー観光だったんだけど、
コレも旅の醍醐味だよね、ってな具合で緩やかに今回の旅路は始まったのである。




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ダラムサラーの街並みと、チベタンの香り。の巻。



ダラムシャラの街は、
マクロードガンジの街並みは、
凄くこじんまりとしていてる割に、
何だか歩き甲斐があった。

チベタンコロニーで感じた通り、
チベたん達は洒落ていて、
洋服姿の若者も、トラディショナルな出で立ちの年配も、
何だか近頃感じなかった心地でワクワクした。

もうインドでは洋服なんて買う気がしなかったのに、
洒落たTシャツ屋さんに立ち入ってみたり、
そこでちょっと仲良くなって街の概要やおすすめを聞いてみたり、
雑貨屋さんで滅多に買わないお土産を大人買いしたりしてしまった。


思うにインド人好みの色彩や味付けは、
パンチが効き過ぎて、僕はパンチドランカーになっているのかもしれない。

歩き廻るたびに思わず荷物を増やしながら、
滅多にしない散財は、お金を使う先は、気持ちの入ったものにしたい。

と改めて思いながらお気に入りを買い集めたんだ。

今まで少なからずインドを歩き回ってきたけれど、
ここは間違いなく、改めてまた来るだろうと思う。


そんなイイ気分の軽い足取りで、
Tシャツ屋さんのお兄さんに教えてもらうままに、
近所の滝壺に歩いていくことにしたワケさ。



 





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0泊2日、ダラムシャラー弾丸ツアーの巻2





今回の旅路を前に、
昨年ダラムシャラを訪れていた妻から色々御指南を受けていた。

どうやらバスを降りてから随分歩いてマクロードガンジという市街地にたどり着くコト。
オススメの雑貨屋さんと日本食レストランや、
更にはダライ・ラマさんが現在この地に戻ってきているというコト。


事前にあまり調べない無精者の僕は、
折角なので素直にアドバイスに則って歩くコトにした。

とはいえ携帯もすでに仮死状態で現在地がよく解らない。

分からないなりに大勢が進む方へ流されるように身を任せ、
特に目的地のない道のりを一緒に進んで行ったのだった。

しばらく歩いていると、
どうやら道の突き当たりにある大きな施設に辿り着いた。

出入りしている人たちを眺めてみると、
ヨガマットを持ち込む西洋人や、
学生の皆さんなどでごった返している。

きっとココがダライ・ラマさんのメインテンプルなんだろう。

奥に入っていくと、
チベタンミュージアムがあり、

さらに奥にテンプル入り口があった。
 

そのまま奥に進んでいくと手荷物チェックがあり、
そもそもその前にどうやらIDが無いと入れてもらえないようだった。


まぁ、ひとまず居場所を確認することにし、
街をひとしきり歩き回ってみることにしたのである。  
 






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0泊2日、ダラムシャラーへの弾丸ツアーの巻。



近頃のちょっとした旅の風に吹かれ、
先日改めて初めてのダラムシャラー行きのバスに乗った。

片道11時間0泊2日の弾丸ツアーという奴である。

馴染みのナショナルハイウェイ1号線を北上し、
チャンディガールについたのは12時を超えた頃であった。

近頃のバスハイクですっかり自身の睡眠力を過信してようで、
前後左右のおっさんのイビキや効きすぎの空調に、
すっかり眠れる気を失いながらぼんやりと窓の外を眺めていた。


とはいえ、
前日もそれほど寝れていないこともあり、
ようやくうたた寝はじめた道中からは、
前後左右に揺さぶられる山道が始まったようだった。


アイマスクを忘れたこと以外すべて順調に見えるこの道中、
携帯電話の電源もしっかり充電しながら準備万端のはずだった。

どうやらバススタンドに到着した早朝6時過ぎ、
荷物をまとめてバスを降りようとしたその時気付いたのである。 

充電しすぎたのだろうか?携帯電話は異常な熱を帯びていて、
電源残量はすでに3パーセント位になっていた。

なんだろう、
僕の旅路は準備すればするほどトラブルを誘発する気がするんだけれど。


ともあれ、
そんな残念な気分を払い落としながら、
土地勘のない道を人の流れに身を任せて進み始めたのである。






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アジメール散策と、ジャイプールでの思わぬ逢引きの巻。




予定通りにのんびり過ごすノープランな道中、
突然タイミングよく予定が割り込んで来た。

ソレは以前ジャイプール道中で知り合ったインド人青年からのメールであった。


【参考】
第196話/インドのバス事情にまつわるエトセトラ。


彼らとはその後、
フェイスブックで一応つながっており、
たまにメールを受信する間柄になっていた。


そんなわけで、

「いつジャイプールに来るわけ?」


的なデートのオファーを賜ったのだ。



普段なら、ああいつか行けたら連絡するよ。
てな応答をしていたんだけど、
帰り道の道すがら否応なしに立ち寄る道中ではある。


突然ながらジャイプール滞在も予定に組み込むことにした。


早めにプシュカルの街並みにお別れを告げ、
お隣アジメールのカオスな商店街を散策し、
イスラムの聖地を足早に歩き倒してみる。





そして、
夕方にはジャイプールのバススタンドに戻ってきた。


その場で帰りのボルボバスの予定をフィックスし、
彼らの到着を近場の酒場で待つことにした。


それにしても前回同様ラジャスタンの酒場は、
隅に追いやられたようなイリーガルな雰囲気が漂っている。


彼らの到着を待つ1軒目しかり、
再会後立ち寄った2軒目しかり。


ホテル内の端っこの暗がりでこっそり男どもがビールを煽る場所なようだ。





そんな暗がりで互いの再会を祝い、
小一時間ばかりの短い宴会を経て、


「次のジャイプール滞在の折には最低10日前には連絡しろよな!」


とか言われる有様に、何だか毎度両親に言われるセリフを重ねながら、 
グルガオン方面行きの深夜バスに身を委ねたのだった。


 
それにしても、
今回の旅路で気がついたのは、
ボルボバスじゃなくボロバスでも、
まるで気にせず乗りこなせてしまう適応力と、 

激しい揺れにもモロともしない、
強靭な睡眠力を手に入れていたコトだったかも知れない。


まぁこれらが良いことなのか?
今後それらを活用できる場があるのかは別問題ではあるんだけれど。


 
 


    



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俯瞰する街並みと、見上げるサンセットの巻。




毎度ながらにノープランな上に、
さりとてそれほど動く気もない今回の滞在で、
一応やろうと思っていたことに着手した。


ソレは前回未遂に終わっていたロープウェイで丘の山頂に上がること。



前回周囲を駆け回って養った土地勘を改めて検算してみると、
判っちゃいたけど、拍子抜けするほど狭い街であったことに気づく。


流石はブラフマーの聖地である。


なんだか人違いかも知れないけれど、
手のひらで遊ばれる孫悟空の気持ちになったよね。


そしてもう一つは、
名物のサンセットをライブ発信で妻と共有すること。





なんだか恐ろしく便利な世の中になったもんだと感心しながら、
折角なので日本在住の妻とお喋りしながら、
聖地の日の入りをライブ中継してみたのである。



 

そんなんで1日は終わっちゃって、
聖地とはいえ探せば割と簡単に見つかるビールを求めて街へ出ていったんだよ。 




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聖地で想う、信仰との向き合い方についての雑感。




いつになく穏やかな過ごし方で過ごすプシュカルの初日、 
ふと、よくあるやりとりに出くわした。


ホーリーレイクのガートを覗き込んでいると、
おっさんがワケ知り顔で話しかけて来るんだ。


「この湖はね、聖なる湖でね、はじめにお祈りを捧げるんだよ。」


まぁよくある話ではあるけれど、
前回も、これまでも、不信心で不心得な僕である。


その後起こるであろう展開を想像しながらも、
何だか言われるがままに一緒にガートを下り、 
念仏的なご唱和を一緒に口ずさみながら花を手向けたのだ。


ヒンディな神々のお名前に続き、
マイグランマから、両親、兄弟、妻、先祖代々に至るまで、
導かれるままにその名を口ずさんでいると、

最後に彼が言うのである。



「で、いくら払うの?」



なかなかのストレートな物言いに、
ビックリするところであるけれど、


「じゃ、100ルピーで。」


「いやいや、先祖代々、死者の分も祈ったんだからさ、
死者の食事代も込みでほら、その1000ルピーでいいよ!」


 
流石に1000ルピーはいくら何でも!と思いながらも、
不意に家族一同のお名前を唱和し、健康祈願をした手前、


普段からの寺社仏閣での不信心なお賽銭具合や、
数多くの物乞いの皆さまへの不遜な態度の数々、
毎度ながらに皆様へのご迷惑のお掛けっぷりを恥じたのか、
腹切ったつもりで500ルピーを今回の落としどころとしたのである。


ちなみにこの額は目の前のホテル代と同額である。
ソレを横目で眺めていたホテルのおっちゃんにも、


「君、いくら払ったの?馬鹿だねー!今度から気をつけな。」


だなんて言われながらしばらくのあいだ考えていたんだ。


「コレは騙されたわけではなく、合意の上の喜捨である。」


やはり僕は不信心な人間ではあるが、
人様の聖地に足を踏み込んでおいて、
たまの、曲がりなりの祈祷をしておいて賽銭ケチってどうすんの!?



まぁ自分自身の勝手な納得への対価でもあるんだけどさ、
その後しばらくのあいだ、 
宗教や信仰、喜捨や自身のあり方などについて、
悶々と想いを馳せた聖地巡礼となったのであるよ。

 
【参考】
第15回 お賽銭|信州善光寺法話
 




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いつかみた、聖地を再び。〜1度目と2度目の違いについて。




どうやら前回訪れたのは10月だったようなんだけど、
その時のアウェー感とは打って変わり、
何だか懐かしい気すらしない、
馴染みの場所に来たような心地だった。


 
あの道を曲がれば、あそこに着いて、
この道を過ぎたら、湖があるよね、ほら。

あの丘もいつかみた丘だし、
あの丘は今回登ってみようよ、ねえ。


てな具合に知ったかぶり満載で、
見知った道を見極めて、記憶力チェックしながら進むんだ。


何だかココに来るまでの道中、


「どこに行こうか?知らないところがいいな。」


とかなんとか頭を巡らせていたんだけど、 
タイミングで近づいてきたコノご縁と、
前回の居心地を思い出したのも相まって、


ストンと腑に落ちたようにココに行き着いたようにも想う。


何が良いのかってのもよくわからない不思議な場所なんだけど、
多分来たコトある人なら判るかも知れない居心地の良さはあると思う。


前回バイクを借りて周囲をマーキングしまくった手前、
今回はほぼ一箇所の定点観測的なのんびり滞在をするコトにした。


【参考】
第171話/聖地プシュカルを歩く。〜レンタルバイク編〜




人が往来する賑やかな参道からやや離れた、
とはいえホーリーレイクのど真ん前のホテルを根城にしたのもイメージ通りだった。


お昼頃の到着からしばらくの間、
ソコのテラスでポカーンと湖とわずかな往来を眺めるのもたまには悪くない。


ソレは多分、
前回周囲をマーキングしまくって、
この小さな町を自分の縄張りにしたからだろう。
だなんて犬みたいな心境で、聖地な休日の昼下がりを楽しんだのである。





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気まぐれ道中記のつくり方。

https://www.youtube.com/watch?v=CT72txymoGg




突然思い立って連休を取ったものの、

行きたい場所が見当たらない。


無いわけではないが、
日取りやタイミングが
合いそうなところが見当たらないのだ。


そんな休日前夜に

のんびり構えているタチでもない僕は、


行き先未定のママ、

いつものイフコチョークターミナルに来てしまった。


本当は北へ行きたい気がするんだけど、

タクシー拾って北のターミナルに行けば
良かった気もしたんだけど、


何だかラジャスタン方面に吸い込まれるように

ジャイプール行きのバスに拾われていったんだ。


見た目以上にボロバスは、

いつも以上に頻繁に休憩を取る。


乗り心地もなかなかなので、

乗り換えも検討したんだけど、
何せ目的地の無いふらり旅である。


どこに行こうかなぁ?



と思いながら、

流れに身を任せることにした。


どこで降りるのか?

終着点がわからないけれど、
少なくとも前回降ろされた場所を遥かに超え、
どうやらどこかのメトロ駅近くにやって来た。


終点では無いようだけど、

聞き覚えのあるアナウンスが聞こえてきたので、
降りることにした。


どうやら駅のアナウンスかと思ったら、
ジャイプールのバススタンドだったようだ。


初めて来たけど相変わらず、 
どこも変わらないボロボロバスが集うボロいターミナルである。


次の行き先を決めようにも、

行き先表示も何も無いもんだから、
一台ずつ回って、目的地を聞くことから始まった。


とはいえ、

一度来たことはあるけれど、
知らない目的地は良くわからない。


結局知ってる地名である、
アジメールに今度は引き寄せられて、
更に乗り換えプシュカルに辿り着いた。


どうやら聖地リシュケシュに続く、

二度目の訪問を果たしたのである。

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インドの時間感覚に翻弄される、アグラ突貫ツアー。



今までも弾丸ツアーをやってきてはいたんだけど、
今回は弾丸過ぎてなんだか疲れてしまった。

そう、昨日のアグラ行きは、
往復13時間滞在2時間の突貫工事となったのである。

ちょっと意味が分からないので、
コトの経緯を書きつらねてみようと思う。



前夜、いつもの一人旅の予定が、
思わず三人ツアーに様変わりした翌朝9時、
メトロ駅で集合し、カシミールゲートのバス乗り場へ向かう。
 
ところがカシミールゲートには、
アグラへの直行便が存在していない事実に出くわした。

仕方なく、
アナンドビハールという川向こうのバススタンド経由で向かうことになった。

そこを出発したのが11時。
ちょっと予定より遅くなったけど、
おやつタイミングくらいで到着できる算段だった。




ところがひと眠りして気がついてみると、
一向に到着する気配がないことに気がついていた。

途中のマテュラを通り過ぎたのが4時過ぎ、
アグラに入ってからも随分と遠くへ向かっているようだった。

ようやくアグラのバススタンドを経由してタージマハルに着いたのは、
5時過ぎで、7時の閉館まで2時間を切っていたのである。

それにしても、
パンカードや在住登録書でインド人扱いされないのは仕方ないと諦めるとして、
インド人が40ルピーで入れるのに外人は1000ルピーとは流石のVIP待遇である。

そして手荷物預かり所があまりにも遠すぎて笑ってしまう位置にあるのはナゼだろう?


延々とガイドやら写真家さんに取り囲まれる敷地内では、
同伴者のインド人ガールたちのセルフィーのお手伝いに明け暮れることになった。





それにしてもさすがに壮大な世界遺産ではあるよね。
敷地外の日常なカオスっぷりが一層引き立っていたようにすら想う。

そして閉館時間の7時頃、
オートでバス乗り場へ直行し8時からのチケットを購入。

タージマハルのみ滞在な上に、
食事休憩とかちょっと一息とか、
一切無いストロングスタイルである。

更には予想どおり出発が遅れている。
結局バスを乗り換え出発したのが9時を過ぎ、
3時間後の到着予定が深夜12時を回り、
グルガオンに到着したのが深夜1時を過ぎるという旅路となった。


あれれ、予定通りなら片道3時間で往復6時間なはずなんだけど、
なにゆえそれが往復で2倍にも膨らむのだろう?

なんで始発のはずが出発が遅れちゃうんだろう?

同伴者たちが口を並べて言う、

「これがインド時間」

てことなんだろうけどね。
走行中のバスの猛烈な揺れっぷりとともに、
激しく振り回された感が猛烈に漂ったタージマハル参拝となったのである。 



【参考】
ビジネスクラス超えも? ほぼ個室、天然アロマ…ハイクラス高速バスの実力
  




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旅の終わりに。 〜国境線に想う独り言〜



アムリトサルからグルガオンへのバスでのご帰宅時間は、
記憶が正しければ、午後10時過ぎ位だったように思う。

何だかヤるコトなすコトやり遂げた気もしないけれど、
大して何もしちゃいない気もする不思議な道中であった。 

そんな色々諸々の感慨を持ち込んで、
折角なのでパンジャブの酒屋さんで、
一杯引っ掛けてから家路に臨むコトにした。

何度も道を行き来していた手前、
何処に酒屋があって、何処に何があるか?
おぼろげながらもよく覚えていたのである。

そんな訳で、
入ってみた酒屋は見慣れないビールで溢れていた。

色々あったワインの各種はグラスがあるかは疑わしいが、
マハーシュートラ系南インドワインだったので用はない。

特段見慣れた感じしかないインド料理たちをつまみに、
見慣れないパンジャビビールを引っ掛けながらバスの時間を伺った。



羊系の脳みそカレーとか、
アフガニチキンとかついばみながら、
どうやらここインドでは、
おつまみな感じのライトミールだなんて望みようがないコトを実感する。

遅刻しないように、
毎度早めに店を後にしたんだけれど、
集合場所が曖昧過ぎて改めて笑ってしまった。

ニアーステーションとしか書いてないんだが、
どうしよう!?てな塩梅で、
事前にバス会社の場所を確認していたんだけど、
再度先方に電話で確認することになった。

とはいえ、ヒンディーでよくわからないので、
チャリンコリキシャに拾って貰いながら連れて行って貰ったんだ。

着いた先は結局駅の周辺なんかじゃ決してなく、
事前に確認していたバス会社の所在地であった。

それもそもそもバスですらなく、
トヨタ製のイノーバで隣町まで2時間の道のりを経て、
そこから乗り換えデリーのカシミールゲートのはずが、
気がつけば問答無用にデリーの空港まで連れて行かれた旅路であった。

別に構いやしないし、道中一番後ろの席で、
それほどお客が居ないコトをイイコトに横になって過ごしたんだけど。

今回の旅路を改めて振り返ってみると、
1月1日のデリー入場制限から始まって、
境界線を色々思い巡らせた旅路だったように想う。

要するに、
何だって勝手に決められたデリーとグルガオンの境界線に翻弄されて遅刻しそうになり、 
何だってワガボーダーみたいにさ、どの国の人間もそんな国境線に熱狂するんだろね?
そんなコトを考えている僕もボーダーなんだよなー!?
だなんてね。

色んな意味でボーダーのそれぞれのあり方を考えちゃったよね。
 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%B7%E8%B5%B0%E7%8E%8B_%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC

 
 






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アムリトサルでスターウォーズを探す旅の巻。



新年早々するコトといえば、 
何度も黄金寺院を詣でるコト位しか思いつかなかった訳なんだけど、


思い出したように、
映画館を巡ってみるコトにしたんだ。

いざ目指すは、噂のスターウォーズ上映会場である。

直前に妻からオススメされていたコトもあり、
正直全作観た覚えも無い位のニワカっぷりではあるんだけど、
折角なので、新年映画始めとしてアムリトサルの映画館を探してみたんだ。

相変わらず黄金寺院辺りから、
チャリンコリキシャのおにーさんに目的地を伝えてみる。

事前に調べておいたシネポリスという映画館である。

どうやら駅を挟んだ北側のちょっと行った位にある筈なんだけど、
予想通りというか、これまた予想以上に辿り着けない旅路の始まりであった。

まず、チャリンコお兄さんが目的地を知らない。
こちらの記憶を頼りに向かってみるものの、
道中行き先を尋ね廻ってみても、誰一人として知らない。

「映画館行きたいって!?何だって行きたいんだ?4キロ以上あるぞ!あっちだ!」

てな風に明後日の方角を示されるのは当たり前。
ついにはお兄さんからおっちゃんリキシャに乗り換えて、

「いや違う、この周辺にある筈なんだ!」

と駄々をコネまくり、
行き着いた先はドメスティック映画館。

近頃の映画館とは明らかに一線を画す古めかしい風体な上に、
新年で上映もしていないし、何やらおっさん達が佇んでいた。

そのおっさん達に改めて目的地を伝えると、
ソレはあっちだ!と教えてもらうものの、
相変わらず運転手おっさんは理解していないご様子。

結局更に二件ほど映画館をはしごした挙句、
ようやく目的地に辿り着いたのは探し始めて2時間後、
上映開始時間を30分をゆうに過ぎた頃であった。



どうやら近頃よくあるシネコン系映画館なんだけど、
これまたよくある廃墟みたいなスカスカのショッピングモール内の不思議スポットだった。

それにしても、
日本じゃ2000円の入場料が話題だったみたいだけど、
コチトラ180ルピー(350円位)の破格プライスでのご入場である。
  
【参考】 
TOHOシネマズはなぜ『スター・ウォーズ』の入場料金を2000円にしたのか?
http://bylines.news.yahoo.co.jp/soichiromatsutani/20151116-00051488/


日本であるのかは知らないけれど、
中休みの休憩時間に買い求めた特大ポップコーンと特大コーラ、
ホットドックを合わせても1500円未満のインド相場であった。

むしろポップコーンとかが多過ぎ高過ぎな印象すらあるし、
コーラも一リットルサイズでデカ過ぎて胸焼けするレベルだったんだけどね。

何だか途中入場な上に、
英語の理解も半分位な塩梅で、
何が何だか判ったような解んないような印象なんだけど、
多分、昔の話を知ってる人が喜びそうな映画だったような気がする。 

まぁ今度、ちゃんと順番通りストーリーをおさらいしてみよう。

そんな訳でアムリトサル滞在も終盤に差し掛かった訳なんだ。





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パキスタンとの国境線を垣間見るの巻。



午後も3時半を廻った頃、
そういえば噂で聞いていたワガボーダーに向かうことにした。

ワガボーダーってのは、
パキスタンとの国境で毎日セレモニーをやっているんだそうだ。

黄金寺院への入り口あたりでオートに声を掛けると、
往復で500ルピーだなんて返答を頂いた。

うむむ、どれだけの距離なんだか知らないが、
そんなお値段だなんて腑には落ちない訳なんだ。

半笑いでその場を後にすると、
後を追ってラストプライス!と連呼してくる彼らに加え、
思わずチャリンコリキシャおじさんが僕の後を追いかけてきた。

おいおい、
チャリンコで行ける距離じゃないコト位知ってるぜ!?

と話を聞いてみると彼は、

「バスで行けばいいんだよ!安いぜ!バススタンドまで連れてってやる!」

てな具合でなかなかの商売上手なのである。

実際、
バススタンドから目的地らしき場所まで50ルピーで辿り着くコトになった。



道中、満員御礼過ぎて人間が溢れ出ちゃう風景なんかは、
まぁ、聞きしにも勝るインドならではの風景ではあったんだ。




そんなこんなで詰め詰めなバスに揺られるコト小一時間?
どうやら終点にたどり着いたようなんだ。

とはいえ、何だか様子が違う。

人の流れに乗っていけば辿り着けるだろう!
と踏んでいたコチトラの意に反して、
ほとんどが地元住民のご様子で、
声を掛けてきたチャリンコリキシャに揺られ、 
更に30分ばかりの孤独なロンリートリップを経てようやく目的地に到着した。

ソコは予想以上な観光地っぷりで、
多くの観光バスや車たち、土産物屋と荷物預け屋台など、
多くの観光客でごった返すスポットだったようだ。



更に観察していると、
どうやらセレモニーが終わっちゃったようで、
人の流れが帰宅モードで押し寄せて来ていた。

相変わらずタイミングの悪い我がご来場に呆れながら、
折角なので、ボーダーを目指すことにしたんだよ。



終わったとはいえ、
熱気冷めやらぬセレモニー会場は、
国境警備隊的な軍人さん達を囲む記念撮影会でごった返していた。



なんだか両国の友好セレモニーというよりも、
国威掲揚的なナショナリズム煽り合いイベント会場だったんだけど、
それにしてもかなりの盛り上がりのご様子であった。
 

結局一周しただけでトンボ帰りのショートトリップだったんだけど、
帰りは予想通りの予想以上な大渋滞で、
往復5時間以上の家路となったって訳なんだ。

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徒然なるままに行く、黄金寺院の巻。



スウィートな夜が明け、
ガラス張りのスイートルームには街の喧騒が飛び込んで来た。

外に飛び出してみれば最早早速カオスの様相で、
パンジャブまで来ればデリーの曇天模様から抜け出せる!
だなんて考えが甘いってコトを噛み締める朝の始まりである。

オートに誘われるまま、
駅前のお宿からゴールデンテンプルまで足を運ぶ。

滞在中何度も足を運んだけれど、
正直この街はそれ以外に大した見所はない気もする。

それにしてもカオスな街並みである。
他の町も色々歩いて来たけれど最上級のカオスっぷりである。
言葉足らずな当方はそれ以外褒め言葉が見当たらない。
 
大勢のパンジャビさんたちの人ごみに流されるように、
大まかな進行方向に向かって歩いてみると、
さらに人だかりが激しい入り口を発見した。



どうやら世に聞く、虐殺広場ことジャリワンワーラバーグ事件現場のようだ。

悲惨な事件の現場を前にして、
みなさま記念写真やセルフィーで大忙しなお馴染みの光景が広がっていた。

【参考】
自分大好き、インド人の巻。







ただでさえセッカチな当方は、
特段その後の予定もないくせに、
人ごみから逃れるかのようにソソクサと一周して外へ出る。

すると今度は、
豪華絢爛な黄金寺院ことハリマンディルサイーブが見えてくる。

靴を預けて頭を布で覆い足を清めて参拝するんだけど、
まさかのお湯でのお心遣いあるお出迎えに感動してしまった。



無料らしいお食事とはこれなのだろうか?
よく解らないけれど100ルピー位お布施をして多分ココナッツ風味なペーストを頂いた。
(実は食べずにあげてしまったので味は知らない。)

それはそうとタダでさえ並ぶのが苦手な上に、
この行列に並ぶ信心が足りない当方は、 
とてもじゃないが黄金寺院内参詣を早々に諦めてしまった。






とはいえ折角なので、
夜にもお邪魔してみたけれど、
やっぱり大盛況なので横から眺めるだけの、
仁和寺の坊さんみたいな初詣となったのである。
 

【参考】
徒然草 仁和寺にある法師
http://manapedia.jp/text/1195

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アムリトサルで過ごす、元旦模様の巻



今年の新年早々は、
アグラか?アムリトサルか?と思いあぐねた挙句、
アムリトサルへの初詣を実行することに決めた。

大晦日、
楽しい宴に混ぜていただいて意気揚々な当方は、
新年早々早速一発目の粗相を働いてしまった。

深夜3時半のバスをスッぽかしたのだ。

ソレは楽しい大晦日の宴からほろ酔い加減で家に帰り、
身支度を整え荷物をあつらえたまでは良かったのだが、
そのまま着の身着のまますっかり寝入ってしまったようだ。

気がつけば朝7時。

相変わらずの体たらくぶりを嘆きながらも、
気を取り直し、飛行機で向かうことにした。

何ともまぁ、
3時半出発の深夜バスが到着するであろう同時間帯に、
ものの1時間ちょっとでご到着のお気楽フライトであった。

どうやら新年元旦のアムリトサルは、
シク教徒の皆々様が大集合な様相なのか?

普段の人ゴミ具合は知らないけれど、
どこもかしこも人だらけな印象で、
結局お宿も何件か断られた挙句、
自称スイートルームなる2500ルピーのお部屋に通されるコトになった。

それにしても不思議なのは、
外国人だという理由で断られるパターンに幾つか遭遇した点である。

前回の反省もあり、
パンカード(納税カード)以外にパスポートを所持していたんだけど、
パスポートを見せた途端に断られるのだ。

どうやら外国人だとお役所に届出をしなくてはならない為、
面倒くさいのか?何なのか?色々たらい回されたみたいだね。

結局今回はパンカードがあり、インド人扱いで宿泊するコトになった。 

【参考】
チャンディガールのナイトライフと事の顛末



そんなこんなで、
個人的に宿泊のお宿に思い入れはないし、(お一人様なら尚更である)
アムリトサルならではの寄宿舎的なドミトリーでも結構だったんだけど、
思わず真逆な?スイートルームで、
スイートではない夜を一人かも寝た長々しい夜だった訳なんだ。


写真はアムリトサルのとある風景。
過積載過ぎてリキシャおっちゃんに同情しちゃうよね。





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聖地プシュカルをゆく。〜エピローグ〜



長々と書き連ねるプシュカル道中の一部始終ではございますが、今回が最終回。

みなみなさま、ご静聴ありがとうございます。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


ひたすらにプシュカル周辺を走りまくった挙句、
ふとふらりとあるカフェの前のガートで昼寝を始めた。


なかなか腰を下ろすこともしない意外とセッカチな性分ながら、
少しくらい休んで見る気になったのかも知れない。

とはいえ20分もしないうちであろうか、
人がわんさか集まってきて、太鼓やらの賑やかなプージャが始まった。


そう、ココは夕日を見るには絶好のスポット。
目の前のカフェの名前は確か「サンセット」であったのだ。

太陽が次第に落ち始め、
人もぞろぞろ集まってくる。
犬も釣られて集まってくるし、
ついでに牛とかも歌い始める。

その横では、
物売りが一切の空気を読まずに訪問販売を始めたりする。


更にはガートの最前線で陣取っていたヨーロピアン女子たちを、
関係者かなんかが日の入りギリギリに大声で止めに入るもんだから、
音楽が止まり、一斉にけたたましく雑談が始まったりで、
感動的なシーンのはずが、インドならではのざっくばらんなオチがついた。


まぁそんなもんだろう。

とその場を後にして、バイクで最後の町内一周。

定刻にはバススタンドにたどり着き、
予想通り定刻には出発しないどころか、
準備すらしていないバスを眺めながら過ごした。

結局一時間後にバスは出発。
ダラダラと客を拾い集めながらの不思議な出発である。


「一体、何で、ぼくは、あの時間を指定されたんだろう!?」


定刻を過ぎて拾われていく彼ら彼女らは、
どんなチケットを持っているんだろう?

とインドでは野暮かも知れない疑問に自問自答していると、
一緒のタイミングで乗ったきっとロシアンなイケメンが、
次の乗車ポイントで首を傾げながら違うバスに誘導されていた。

「まぁ、みんなそうだよねぇ。」

と何だか一人合点して、再び長距離バスに激しく揺られ家路に着いたのである。




★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

追伸

チケットの購入時&乗車前に、
何度もなんども自身の降車ポイントを説明した甲斐あって、
運転手&助手共々覚えてくれていたおかげさま。

深夜3時過ぎのニムラナにちゃんと降ろしてくれたのは、
本当にありがたいと思ったのでした。


荷物をまとめて運転席の方に行くと、
起こしてくれたはずの助手君が爆睡通せんぼしていたのは本当に謎。






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聖地プシュカルを歩く。〜アジメール徘徊編〜



道路標識と自称自慢の土地勘を頼りに、
とはいえワンウェイを遡るだけの簡単な山道を抜けるとソコは、
小高い高台から大きな湖と街並みを臨む光景がひらけていた。

多分、コレがアジメールの街並みに違いない!
ともあれ坂を下り、湖の外周をまわってみる。

閑静なプシュカルの街並みとは一変し、
次第にやかましくけたたましいクラクションと、
渋滞がはじまる見慣れたインドの繁華街に突入した居心地で、
下校中の女子中学生(JC)に笑われ手を振られるコレまた奇妙な風体の当方は、
既にプシュカルに帰りたい気持ちになっていた。

ともあれ、折角だからと欲張りに駅と街並みを確認。
そのまま湖を一周し湖畔の公園で一休みするコトにした。



そこでも何というか、
物乞いに追われ、写真を請われ、物売りに囲まれて、子供たちに追いかけ回され、
一休みどころか、座るコトなく追われるように一周して出てくる行水スタイルになった。

結局買い出し含め、湖を二周ほど回り、
アジメールの何たるかを理解せぬままプシュカルに帰ってきたのである。



それでもまだまだ時間は4時前。

そろそろのんびり過ごすのも悪くないはずなんだけど、
欲張りで強欲なコチトラはバイクを乗り回し、
プシュカルのアチコチを徘徊し続けたのだった。



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聖地プシュカルを歩く。〜浴衣で散策編〜



実は今回の旅路、
折角なので先日オーダーしたジーンズ浴衣を装備しての道中である。
そんな訳でサドゥとは一味違った好奇の目線を浴びるコトとなった。


聖地らしき湖とガートを囲むように商店街?が立ち並び、
観光客や巡礼者、サドゥな方々で朝から賑わう街並みを一通り観察していると、
「カンフーマスター!」だの色んな声を掛けられる。


正直手持ちの着替えも限られている都合上、
少々暑くても着てなくちゃならない。

脱いだらサドゥそのまんまじゃないか!?


そんな訳なイデタチで右往左往歩き回り笑われながら、
大体の土地勘を掴んだところで外周を回ってみることにした。


それにしても本当にバイクがあってよかった。
歩きだったら中々そうはいかない旅路だし、
オートだったら目的地を知らなきゃならない。

思い気ままに動き回れる展開は実に気持ちがイイ。



あれだけ彷徨い辿り着いた湖が、
バスの発着所から歩いて5分位の立地だったなんて、
目から鱗がこぼれたものであった。


だんだんに街の概要を捉えたところで、
烏の行水のような旅スタンスの当方は、
この街の範囲の小ささと、周囲には荒野しか広がっていないコトに気がつき始めた。


そして、周囲に見える山のてっぺんにある寺院は、
一方ではロープウェーが建設中のようながら、
明らかに山道を歩いてでしか辿り着けないサドゥな場所ってコトにも気がついた。


時間はまだまだ昼下がり。


折角なので、アジメール方面までバイクを走らせてみるコトにしたんだ。



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