計画的のつもりで、 無計画に飛び込んだインド生活の、 テンヤワンヤなコトの顛末を綴ります。
そんなわけで、
僕らは出発予定時刻通りに駅にやって来た。
そんな予定通りの道中は、予想通りに、
時間に翻弄される時間を過ごしていた。
確か11時位に出発する予定の電車は、
平然といつの間にかその時間を過ぎて、
気がつけば電光掲示板も勝手に予定時刻を過ぎている。
というか、いつの間にか時間が変わっている。
いきり立って窓口に問い合わせてみると、
それも平然と、遅れてるからさー。みたいなノリで、
軽くあしらわれて捉えどころがないわけなんだ。
いつ変わるか分からない都合上、
どう動いていいか?わからないよね。
そもそも駅に行く前にも、宿で確認してもらっていたんだよ。
時間通りなのか?否か?
確認するサイトはあるにはあるんだけど、
結局稼働していないのでまるで意味がわからない。
電光掲示板に掲げられている時間も、
実際窓口に強引に問い合わせてみると、
全然違うし、困ったら窓口に問い合わせた方がいいよ。
どんなに長蛇の列が並んでいようが、
そんなのは知らんぷりで、窓口横から突入したらいい。
外国人ならではなのかも知れないけれど、
仕方なさそうにおっさんが対応してくれるから。
僕の場合は、
長蛇の列を横目に適当に裁くおっさんを嫌味っぽく撮影していたら、
警備員に囲まれた挙句直接おっさんの横に通されて、
電光掲示版では12時間ディレイだけど、
実は20時間くらい遅れているからね。
と教えてもらったわけなんだ。
ちまちま遅れるよりも、
ちゃんと遅れる時間を教えてもらえれば有効活用も出来るってもんだ。
そんなわけで、
空いた時間を仏教の聖地サールナートに行くことにして、
時間を過ごしたんだけど、
戻ってきてもなお、結局24時間ディレイの憂き目にあって、
待合所で朝まで過ごすことになったんだよね。
今回人生二回目のバラナシ滞在に向けて、
心ばかりながら小さい仕込みをしていたのである。
カレコレ5年前くらいの前回のバラナシ滞在では、
確か10日間くらいののんびりステイで過ごした、
今となれば結構気長でのんびり陽気なステディだったんだ。
毎日同じようにガートを散歩して、
おんなじ物売りや物乞いに会って、
通りのおんなじようなカフェーで食事するような毎日だった。
実は今回のバラナシ滞在にはちょっとした目的があり、
ソレは知り合いのシェフに会いに行く旅路でもあったのである。
旅というものは、
目的があるのとないのでは随分趣が違うのも醍醐味だと思う。
てな訳で、
駅に着くや否や彼に電話をして僕らの到着を告げる。
妻が駅で困っていそうな日本人の若者を助けてあげなよ!
とかけしかけてくるけれど、
それはきっと彼らの将来的に絶対助けない方がネタになるだろうと切り捨てる。
それにしても、
駅から街の中心なゴートリヤーまで行くのは結構面倒くさいようだ。
若者たちにちょっとだけ同情もしながらも、
電話越しにマイフレンドに道案内をさせて目的地に向かうことにした。
どうやら友人のレストランは地元でも有名なところらしい。
とはいえ我らがリキシャワーラーは一切そんな会話を理解せず、
とりあえずゴートリヤーに向かっているようだ。
目的地近くになってから喧々諤々電話越しと、
近くにいる見ず知らずのインド人同士の会話でなんとかケリをつけ、
友人がようやく迎えに来る結末になった。
それにしても本当にバラナシの川沿いの街並みは、
磁場が違うとでもいうのか?右も左も右往左往する不思議な街並みである。
道が混んでいるからと、
マイフレンドが選ぶ小道を進むにつれて、
既に僕らはどこにいるのか?どこに進んでいるのか?わかりゃしない。
気がつけばベンガリートラに裏道を抜けてやってきたんだけど、
未だに地図を見返してみてもなんでそのルートで来れたのか?
インドの謎がまた一つ増えた心地なのである。
思うに聖地と云われる場所は、
面白いなぁと常々思う気がするのは、
一体なぜなんだろう?と思ってみた。
実に個人的な意見なんだけど、
それはキット
色んな人が集まってきているからなんだろうと思うに至った。
要するに、
僕は厳密な意味で聖地が好きなワケでは一切なく、
多種多様な人が集まりくる場所が好きなんだと思ったのである。
ソレはもっと言うと、
秋葉原も聖地だし、上野も聖地、パハールガンジも聖地なんだ。
もちろんリシケシ、ハリドワル、ヴァラナシ、プシュカルは完全に聖地。
とはいえ国際色溢れる方が面白く楽しませていただいている気がする。
というワケで前振りが長くなったが、
ボードガヤーは面白い聖地であった。
仏教の聖地なだけあり、
各地の仏教テンプルがそれぞれの趣向でもって寺院を設立している。
(写真は日本寺内の図書館)
同じはずの教えを讃えた仏教の寺院が、
これほど違う志向と見せ方でプレゼンしてくるのは実に興味深いよね。
今回の宿泊先の眼と鼻の先にある日本寺は一番渋い造りなワケだ。
ソレは日本から宮大工を招聘しているところから本気度は伺える。
その隣のブータン寺院といえば、
素人目にはタイの様式に近いようなド派手な本堂の演出が際立つ。
中国のソレはソレで、
壁画などからは中国らしい絵柄や文様が伺えるし、
タイ寺院はタイに来たような気がする独特な雰囲気がある。
そんな多種多様なボードガヤーの総本山?マハーボディ寺院は、
そんな多種多様な各地の坊さん方がこぞって参拝するまさに総本山な雰囲気だった。
観察していると、
だんだんに袈裟で何処の坊さんだかわかるような気がしてくる。
インドのあの色、タイのあの色、スリランカはあの色、日本とかは全く違う也。
マハーボディの裏庭には菩提樹があり、ソコでブッダは悟ったそうな。
手塚治虫のブッダ好きな個人的にはそれでもってちょっとは感慨深いけど、
まぁどうあれどの宗教にも言えるけど開祖はどう思ってるんだろうね、この違いやら全部。
ともあれガヤーの滞在はこんな風にお寺散策と、
ナマズ蒲焼を頂くつもりで行ったホテル(未遂)、
で早朝5時には駅に向かい、結局予想通り遅れて出発した足早な滞在になったんだよね。
なんだか日記とか途切れ途切れで、
継続ってなんてコトなんかすっかり忘れている最近だけど、
なんだかんだ言って雨とか停電とか夏のせいなんだってことにして、
いろいろ書き溜めてはある日記のタグいは後々貼っていくことにしよう。
そう、 ちょっと前の旅人たちの集いから、
フツフツと湧き上がる気もした旅の衝動を、
夜更かしと眠気でかき消して昼から動き出すダルな休日を過ごしていたんだ。
デリーだね、妥当な線として。
とはいえど未だに若者たちが集うようなオシャレスポットも、
ジジババが集うようなスガモなパワースポットも見つからないし見当もつかない。
そんなんで全然意味なくウチを出て、
ふらりと乗り込むイエローラインの行く末をポカンと眺め行く先を決め、
今回の旅路はデリーの代官山と名高い?カーンマーケットから始めることにした。
ここカーンマーケットは、
思うにデリーで一番高級げでインターナショナルな人種が集う集落である。
(モールを除く)
とはいえ作りもカオスっぽさもインドらしい雰囲気を残すのはご愛嬌であると思う。
遅めなビールと軽いブランチを頂いて、
セッカチな僕は足早に当てのない次の目的地を目指した。
目的地の無い道程にオートは通用しない。
何せ行き先を提示できないのだから自分で進むのである。
これまでの無駄足だらけの散歩の数々と経験のおかげ様で、
だいたいどこを歩いているのか?を察するコトが出来るコトだけが収穫みたいなもんで、
歩きの醍醐味ってのは車や電車では計れないゆるいスピード感と、
その通りの営みを肌感覚で体感できることだろうか?
だなんて適当に思いを馳せながら、
どこも大して変わらないゴミだらけのストリートと物乞いとのやり取り、
どこもかしこもメトロ建設やらの工事中の街並みをひたすらに南下した。
歩いてみること4キロほどで、
次なるオシャレスポット候補はディフェンスコロニーに辿り着いた。
まぁオシャレなのかは甚だ疑問だし特段用事もないので、
そのまま歩いて行ったことない噂の新スポットことGK1へ向かうことにしたんだけど、
この頃からレイニーシーズンなココいらは雨が降り出したのであった。
結局カフェーでコーヒーを頂きながら雨宿りをするも、
気の短い僕は再び当てのない旅路を進めることにした。
雨のGK1はちょっと遠いし、既にめんどくさくなった。
ふと近所といえば近所のラジパットナガールの商店街が気になって、
ビショビショになりながら商店街を散策しビアーを煽って過ごしたのだ。
夜も更けて10時前(インドの夜は早いのだ)とはいえ、
実は今夜はグルガオンには帰らないつもりになっていた。
折角なのでコンノートプレイスの友人の勤めるレストランで閉店過ぎまで談笑し、
12時頃にいつもの?終着点ことパハールガンジで宿を取り寝苦しい夜を過ごしたんだよ。
最新記事
カテゴリー
目指せ、ほぼ日更新!
カレンダー
求む、投票!